全日本チャンピオン
第4回オープントーナメント全日本空手道選手権大会
優 勝 !



第4回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会
重量級 優 勝 !


 第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会inモスクワ
4位入賞 敢闘賞受賞 選手

第1回全世界ウエイト制大会選抜選手



出場する全日本大会では常に表彰台を外さない安定した実力を持っている。180cm90kg以上とは思えない軽快且つ俊敏な動きと剛のパワーとを併せ持ち、特にパワフルで回転力のある左右の突きで相手を止めてからの蹴り技に定評がある。

段位/弐段 2. Dan  

氏   名 :藤井 脩祐 (ふじい ゆうすけ)
生年月日:1985年11月19日生
出 身 地 :東京都品川区
入 門 年 :1999年1月大井町道場入門
身   長 :180cm
体   重 :92kg
得 意 技 :突き(自称メガトンパンチ)・下段
特   技 :英会話

2003年11月、オーストラリア・クイーンズランド州
ヒルクレスト クリスチャンカレッジ高等部卒業
現在、日本体育大学武道学科在学中

【プロフィール】
大田区立道塚小学校卒業、中学2年の時に、弟の将貴と共に当時の極真会館 東京城南川崎支部 大井町道場へ入門する。

品川区立浜川中学校卒業後、オーストラリアの高校へ留学の傍ら、極真会館の全日本で一世を風靡したギャリーオニールの育ての親であるキャメロン・クイーン師範の内弟子となり、高校へ通いながら、オーストラリア・キャメロン道場にて指導員として後輩の指導にあたる。
平成15年11月高校卒業の翌月の12月に日本へ帰国。
また、帰国直前の2003年12月20日、4時間半に及ぶ過酷な昇段審査を受け弐段を取得。
留学中には、若干15歳でクイーンズランド州大会の一般中量級に出場し優勝。その後、オーストラリア国内の数々の試合に出場し優勝に輝く。日本へ帰国した翌年の5月に、第2回全日本ウエイト制空手道選手権大会へ初出場し、重量級に於いて準優勝という輝かしい日本デビュー戦を飾る。
その後の全日本選手権でも常に上位入賞を果たし、2005年9月11日、ロシアのモスクワで開催された第1回全世界空手道選手権大会にて日本代表選手に選抜された。強豪のロシア勢がひしめく中で、極真館から出場した選手で唯一、決勝ラウンドに進み、4位入賞及び敢闘賞を受賞する。準決勝戦では、極真会館でもロシアの冷酷な貴公子と恐れらていたセルゲイ・オシプフ選手と対戦した。
2006年4月29日、第4回全日本ウエイト制空手道選手権に於いて重量級優勝を果たす。
続く、同年11月23日、さいたまスーパーアリーナで開催された、第4回全日本空手道選手権大会で念願の優勝を果たし日本一となる。
現在は、日本体育大学武道学科に在籍。大学の空手部に所属し、伝統空手とフルコンタクト空手を融合した独自の空手技術を模索中している。


第4回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 優勝 2006年11月23日
2006年11月23日開催された第4回全日本選手権大会では、大会一週間前まで入院していた藤井だが、不屈の根性で勝ち上がり、決勝戦では同門の先輩にあたる夏原望選手と再延長の激戦を制し、見事念願の日本一に輝いた。
第4回全日本ウエイト制オープントーナメント空手道選手権大会 重量級 優勝 2006年4月29日
決勝戦では、他流派ながらよきライバルの坂田選手を本戦でくだし見事、全日本ウエイト制重量級を制した。
第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 恩師金子師範と共に
第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会 in モスクワ セルゲイ・オシプフ vs 藤井脩祐
2005年9月11日
第1回オープントーナメント
全世界空手道選手権大会

セルゲイ・オシポフ vs 藤井

日本極真館、唯一決勝ラウンドまで駒を進めた藤井だが、準決勝でロシアの強豪、セルゲイ・オシポフ選手と対戦。

前半は、明らかに藤井が優位にすすめていた。このまま行けば藤井が勝つのではと思わせるたが、終了間際にオシプフ選手の伝家の宝刀の上段回し蹴りが入り、惜しくも1本負けをしてしまう。

4位入賞

敢闘賞受賞
第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会 in モスクワ T.ガスタシェフ vs 藤井脩祐
2005年9月11日
第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会

T・ガスタシェフ vs 藤井


3位決定戦でロシアの強豪、T・ガスタシェフ選手との一戦

1年前よりパワーアップしたガスタシェフ選手に苦戦し、判定負け。
第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 中田vs藤井
2004年11月23日
第2回全日本空手道選手権大会
3位


一回戦
中田vs藤井

中段横蹴りと上段回し蹴りの
技有り2つで1本勝ちをおさめた。
第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 ブドゥラシドフ vs 藤井脩祐
2004年11月23日
第2回全日本空手道選手権大会

準決勝は強豪ロシアのS・アブドゥラシドフ選手と対戦。
始めの合図と共に、連続の左下段攻撃でS・アブドゥラシドフ選手の
足を効かそうとする藤井。
ブドゥラシドフもノーモーションでハイスピードの飛び後ろ回転回し蹴りを
繰り出す。
写真は延長、藤井の右下段足払いでアブドゥラシドフが倒れるも技有り
を認められず判定へ。藤井に旗2本上がるも引き分け。再延長戦へ
第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 ジャック・サンダレスク師範
2004年11月23日
第2回全日本空手道選手権大会


この大会の為に、はるばるアメリカから
来日してくださった大山総裁の旧友であり
、現在、極真館のアメリカ地区国際委員
のジャック・サンダレスク師範と記念撮影。
第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会 試割
2004年11月23日
第2回全日本空手道選手権大会


試割では、正拳4枚、足刀6枚、肘6枚、手刀4枚の
合計枚数20枚を割り、あと1枚で試割賞だったが
極真会館 第9回全日本青少年空手道選手権大会  高校生70超級 優勝
2003年4月12日
この日の為に、オーストラリアから一時帰国。
極真会館(松井派)時代に高校最後の全日本青少年大会で1つの目標であった重量級で優勝を果たし、見事、青少年大会最高峰の日本一に輝いた。

主な戦績
試合年月日 試 合 名 結 果 決勝内容
1999/ 極真会館
城南支部交流試合 中学2・3年の部
優 勝 5−0判定勝ち
2000/ 極真会館
城南支部交流試合 中学2・3年の部
準優勝 3−0判定負け
2000/7/23 極真会館
富士山杯 中学2・3年の部
3位 3−0判定負け
2000/ 極真会館
山梨大会 中学2・3年の部
3位 3−0判定負け
2000/11/19 極真会館
関東錬成大会 中学3年の部 (重量級)
優 勝 3−0判定勝ち
2001/1/14 極真会館
東海若鯱杯 中学重量級
準優勝 反則負け
2001/5/19 オーストラリア・クイーンズランド州大会
一般中量級の部 最優秀選手賞受賞
優 勝 3−0判定勝ち
2001/ 極真会館
全オーストラリア・シドニー大会 高校の部  
優 勝 5−0判定勝ち
2002/ I.S.K.A全オーストラリア大会
一般フルコンタクト部門  
優 勝 5−0判定勝ち
2002/ オーストラリア・クイーンズランド州大会
一般重量級の部  
準優勝 5−0判定勝ち
2003/3/23 I.S.K.Aオーストラリア・クイーンズランド州大会
一般フルコンタクト部門 
優 勝 5−0判定勝ち
2003/4/12 極真会館
第9回全日本青少年空手道選手権大会
高校男子70kg超級  
優 勝 延長戦
5−0判定勝ち
2003/4/27 極真館
第9回全日本青少年空手道選手権大会
高校男子70kg超級  
準優勝 延長戦
3−0判定負け
2003/10/ ニュージーランド・オーストラリアフレンドリーシップ
大会 重量級
優 勝 合わせ1本
勝ち
2003/10/ ニュージーランド・オーストラリアフレンドリーシップ
大会 超重量級
優 勝 合わせ1本
勝ち
2004/2/15 極真館
平成16年春期支部交流試合 一般上級の部
優 勝 5−0判定勝ち
2004/2/29 極真館 ウクライナ国際大会 マスタツカップ
重量級
優 勝 上段回し蹴り
1本勝ち
2004/5/2 極真館 第2回全日本ウエイト制空手道選手権大会
重量級
準優勝 延長判定負け
2004/11/23 極真館 第2回全日本空手道選手権大会
特別賞受賞
3位 体重判定負け
2005/6/5 極真館 第4回オープントーナメント
全山陰空手道選手権大会
優 勝 延長戦
3−0判定勝ち
2005/9/11 極真館 第1回全世界ウエイト制空手道選手権大会
開催地モスクワ 特別賞受賞 重量級
4 位 本戦
4−0判定負け
2005/11/23 極真館 第3回オープントーナメント
全日本空手道選手権大会 (埼玉スーパーアリーナ)
3位 再延長
判定負け
2006/4/29 極真館 第4回全日本ウエイト制空手道選手権大会
重量級
優 勝 本戦
5−0判定勝ち
2006/11/23 極真館 第4回オープントーナメント
全日本空手道選手権大会 (埼玉スーパーアリーナ)
優 勝 再延長
5−0判定勝ち
2007/11/24 極真館 第5回オープントーナメント
全日本空手道選手権大会 (埼玉スーパーアリーナ)
3位 本戦(顔面殴打)
5−0判定負け



オーストラリアへ留学して間もなく、開催された
オーストラリア・クイーンズランド州大会で、若干
15歳で、一般上級、中量級のクラスへ出場し
見事優勝を飾った時の写真。
写真で主審を務めるギャリー・オニール。
左から二列目の前から二人目が藤井脩祐。


◆◆◆ 藤井脩祐が語る 辛かった弐段の昇段審査 ◆◆◆
2003年
自分は、オーストラリア留学の最後に、大変お世話になったキャメロン師範から「帰国前に弐段の審査を受けて帰りなさい」と言うありがたいお言葉をかけていただき、2003年12月20日審査を受けることになりました。

審査は、午前10時から始まり、僕のために各所から黒帯の先輩方が集まって来て、地獄の昇段審査が始まった。審査内容もよく聞かされないまま、殆ど水を飲む以外は休憩もなく、基本、型、基礎体力、40人組手(投げ・寝技有り)、試割審査と続けられた。
終了したのは午後2時半で、約4時間半もぶっ続けで審査を受けた僕は、正直に言ってこんな辛く苦しい審査は、もう二度とやりたくないと思いました。

只一つ、これだけは言えることは、生涯この昇段審査のことは忘れないし、この審査をやり遂げ、本当に価値ある弐段を取得することができたことを自分の誇りと思います。
さすがに、審査が終了した時には、自然と涙があふれ出てしまった。




審査内容は以下の通りです。

審査開始:午前10時00分 終了:午後2時30分  4時間半
(これは審査全体ではなく、自分の昇段審査にかかった時間です)

1.基本審査3000本
2.蹴り審査1000本
3.移動稽古(裏)審査30分以上連続

90秒間のドリンク休憩

以下連続休み無し
4.型審査
   太極1,2,3
   平安1,2,3,4,5
   平安1裏,3裏
   安三
   突きの型
   撃砕大
   撃砕小
   三戦
   最破
   セイエンチン
   転掌
   臥龍

90秒間の休憩

以下連続休み無し
基礎体力審査
5.腹筋150回
6.拳立て80回
7.指立て20回
8.スクワット100回
9.スクワット前蹴り20回

90秒間のドリンク休憩

以下連続休み無し
組手審査
10.40人組手
 この40人組手は、投げ有り、寝技有り、投げてからの攻撃有りで
 20人を過ぎてから記憶がなくなりました。
 さすがに、40人が終わった後、あまりの過酷さに本気で泣きました。

11.試し割審査
 正拳・手刀・前蹴り

以上、都合4時間半、殆ど休憩無しで続けられた。
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