 |
| 履 歴 |
| 1964年 |
東京大田区蒲田生まれ |
| 1982年 |
極真会館入門 |
| 1985年 |
初段取得 |
| 1986年 |
極真会館首都圏交流試合重量級 優勝 |
| 1990年 |
極真会館第7回ウエイト制中量級ベスト8 極真会館第22回全日本大会ベスト16 |
| 1992年 |
極真会館第9回ウエイト制大会中量級ベスト8
極真会館シンガポール国際大会中量級4位 |
| 1993年 |
大井町道場を開設 |
| 1996年 |
極真会館オーストラリア大会中量級3位 |
| 1997年 |
極真会館オーストラリア大会中量級 優勝 |
| 1998年 |
四段位へ昇段 |
| 1999年 |
極真会館第16回全日本ウエイト制中量級 3位 |
| 2001年 |
ポーランド支部の要請で、ポーランドへ空手指導へ |
| 2004年 |
五段位に昇段 |
| 2005年 |
第1回全世界大会4位の藤井選手を育てる。
第3回全日本大会にて大井町道場から出場の3選手全員を入賞させる。
世界大会日本代表組手コーチ
2005年3月 錬士師範免状取得 |
|
| 生年月日: |
1964年7月13日 |
| 血 液 型 : |
O型 |
| 性 格: |
明朗活発 |
| 趣 味: |
フィギア収集 |
| 既 婚: |
子供1 |
|
|
|
| 紹 介 文 |
現在、極真館、城南大井町支部の支部長として大井町道場の運営をしている金子師範は、極真館、東京本部の中でも、最古参の一人で、極真の名伯楽と言われ、数多くのチャンピオンを育て上げた廣重副館長の片腕として重役を担っている。
極真会館時代、あの不動の王者と言われた数見肇選手の先輩でもある。元来の明るい性格で、常に前向きな性格で、辛い稽古も楽しくさせるムードメーカー。城南名物の朝練でも、一声で後輩達の志気を盛り上げる。
そして生徒指導面と選手育成面でも定評があり、世界大会組手部門日本代表選手のコーチに任命された。ここ大井町支部から第1回世界大会4位の成績を修め、全日本でも常に上位入賞を果たしている藤井脩祐選手、第3回全日本4位の水谷玄選手なども育て上げた。
現在は、第一戦の現役選手生活から離れ後輩の指導に従事しており、その指導及び選手育成の噂は、広く海外まで広がり、2001年のポーランド支部を皮切りに、南アフリカ、ウクライナ、イラン、ロシアなど各国から指導要請を受け、年に何度かは必ず指導のため海外へ赴き、まさに世界を股にかけ活躍している。
現役時代の試合では、常に前向きな考えで試合に望み、城南支部の黄金時代を支えた一人である。 |
 |
| 2002年 ポーランドでの指導にて(写真中央が金子師範) |
| 海外指導実績 |
| 渡航年月 |
訪 問 国 |
内 容 |
| 2001年11月 |
ポーランド |
極真会館ホーランド支部の要請で空手指導及び合宿 |
| 2002年11月 |
ポーランド |
極真館ホーランド支部の要請で空手指導及び合宿 |
| 2003年 |
ポーランド |
極真館ホーランド支部の要請で空手指導及び合宿 |
| 2004年2月 |
ウクライナ |
国際大会及びセミナーへ。(国際大会で藤井脩祐選手が優勝) |
| 2004年6月 |
ロシア |
モスクワ国際セミナーにて廬山館長共に指導 |
| 2004年5月 |
南アフリカ |
レン・バーンズメモリアルトーナメント後のセミナーで指導 |
| 2004年7月 |
ポーランド |
国際合宿で指導 |
| 2004年10月 |
イラン |
指導及びテレビ取材など |
| 2004年12月 |
ロシア |
モスクワ、ロシア大会役員及び審判講習指導など |
| 2005年5月 |
南アフリカ |
南アフリカ国際合宿で指導
|
| 2005年7月 |
ポーランド |
ポーランド国際合宿にて指導 |
| 2006年4月 |
ロシア |
モスクワ国際セミナーにて廬山館長共に指導 |
| 2006年5月 |
南アフリカ |
南アフリカで指導 |
| 2006年6月 |
ウクライナ |
国際合宿指導 |
| 2006年7月 |
ポーランド |
夏合宿指導 |
| 2006年10月 |
ウクライナ |
ヨーロッパ大会及び審判講習指導など |
| 2006年11月 |
ロシア |
ロシア大会及び審判講習指導など |
|
 |
|
 |
| 1997年 オーストラリア大会優勝 |
|
第22回 全日本空手道選手権大会 |
 |
財団法人極真奨学会 極真空手道連盟 極真館 城南大井町支部 |
 |
|
|